歩き出した未来の機械なう!

2足歩行ロボットの研究者の目からみたあれこれ。

ロボット工学最凶の敵の話

わりにリツイートされたこの一言から、このブログを始めよう。人間型ロボットを研究していると言うと、「ハンバーガーショップや牛丼屋の店員が近い将来ロボットになるのですね。人件費が節約できますね!」なんて反応が時々返ってくる。ああいった労働は単純だからすぐにでも人間型ロボットで置き換えられるだろう、ってわけだ。残念ながらそれは二重に間違っている。あなたは現実のロボット技術の事がまったく分かっていない。

第一に、現在の人間型ロボットは大変に高価な精密機械で、低賃金労働をさせてわりに合うものではない。どれくらい高いかと言うと、下のまとめを見てもらえば分かるように、上半身だけのロボットでも200万円~1000万円近い値段がする。さらにロボットを買えばすぐ召使のように働いてくれるわけではない。通常は専門のエンジニアがつきっきりで、作業を教え込む必要がある。こうしたロボットは人間の熟練労働者の作業を補助して生産ラインの効率をアップさせることに使われている。安いパートタイム労働では費用対効果が見込めないのだ。

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第二に、より大きな問題として、ハンバーガーショップや牛丼屋の店員が行っている作業を代替できるようなロボット技術などそもそも存在しないのである。「まじで?」まじで。論より証拠として、ロボットに物を掴ませる最先端の研究を見てみよう。

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このロボットはカメラで箱の中の物体を確認し一つづ掴んで、隣の箱へ移している。待て?こんなことは時給950円のハンバーガーショップの店員ならはるかに手際よくやってのけるはずだ。ハンバーガーとフライドポテトをこんな調子で袋に詰めていたら、たちまちクビだろう。実際、この動画、正直退屈なので途中では5倍速になっているくらいだ。

だが、この研究を進めているのは近年ロボット研究に精力的に投資を続けているあの「Google」だ。そして、プロのロボットの研究者は口をそろえて「これは物凄い!」と絶賛する。僕も凄い技術だと思う。なぜならこんな散らかった状態の多様な物体をちゃんと掴みあげることのできるロボットなんて、これまで世界のどこにもなかったのだから。

Research Blog: Deep Learning for Robots: Learning from Large-Scale Interaction

これが世界最先端のロボット工学の現状だ。ロボットの研究をやっていると、人間の能力の凄さと、それらを不当に過小評価していた自分に気づかされる。とりわけ、僕らが子供時代に習得する、二本足で歩く、物をつかむ、道具を使って作業する、などをロボットにやらせる事が難しい。最先端技術のかたまりであるロボットが子供でもできることに悪戦苦闘するのだ。ロボット工学の研究者はこれを「モラベックのパラドックス」と呼ぶ。

人工知能の開発が難しい要因?モラベックのパラドックス。 | ザ・オカルトサイト

上の記事でうまく説明されているとおり、人間にとって難しく思える仕事(複雑な数学の問題を解いたり、囲碁の世界チャンピオンに勝ったり!)は、実は人工知能(ロボットの頭脳)にとっては容易なことなのだ。ところが、僕らにとって容易に思える仕事(ものを掴む、二本足で歩く、ハンバーガーとフライドポテトを袋に入れる、牛丼をつゆだくで盛る)を実現することは、ロボット(人工知能)にとって恐ろしく難しい。これを1980年代に指摘した米国のロボット研究者ハンス・モラベックの名前を冠して、「モラベックのパラドックス」と呼ぶようになった。同様なことを、ルンバの発明者であるロドニー・ブルックスも指摘している。

というわけで、ロボット工学最凶の敵とはこの「モラベックのパラドックス」である。「今の技術なら、家事手伝いをするロボットくらい簡単に作れるだろう」なんて事を社長が突然言い出して、技術開発部総出で死ぬ思いをしてロボットを開発、挙句に「なんだこれは。ワシの三歳の孫娘の方がずっと役に立つ」などと言い放たれるなんて悲劇は、きっと日本だけでなく世界のあちこちで起こっているんだろうね。